ブラジリアン柔術が注目される理由
ブラジリアン柔術を誤解を恐れず説明するならば、「柔道の寝技の部分」「投げ技の無い柔道」ということになるでしょう。
柔術はなぜ今注目されているのか? 柔術は何が優れているのか? |
について説明させていただきたいと思います。
私は20年ほど柔術から離れていましたが、58歳の時に再開しました。
老体ながら週2〜3回都内の道場に通っています。
私が柔術を知ったのは1993年のことです。
どの格闘技が一番強いのか?(UFC以前の混沌)
20世紀終盤にUFC大会が行われるまでは、いかなる格闘技が最も強いかということを知るものはいませんでした。
いや、それはちょっと違うかもしれません。
自分の流儀/宗派が一番強いと思っている競技が数多くあった、というのが実情でしたでしょうか。
当時は異なる格闘技がお互い公平な条件で戦うことは無理だと思われていました。
例えばボクシングは殴ることで相手にダメージを与えますが、その唯一の攻撃方法は柔道やレスリングでは反則になります。
逆にボクシングでは柔道やレスリングの投げ技や寝技が反則となります。
自分の得意技が相手にとっては反則になっているため、まるで水と油のように混ざり合うことができなかったのです。
プロレスでは「異種格闘技戦」が行われていたではないかと言われるかもしれません。
しかし打撃系格闘技と組み技系格闘技が相対した場合には、対戦時のハンデキャップとして寝技を制限するルールがあり、打撃系側から言えば、相手を保護するグローブをしないで殴れば勝てるという理屈がありました。
やる側、見る側とも納得がいく戦いをすることはできませんでした。
各競技のトップアスリートが武器無し、一対一で喧嘩をしたらどうなるのかがわからなかったのです。
第1回UFC大会の衝撃
1993年11月にアメリカ合衆国デンバー州にて「アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ(UFC)」の第1回大会が開催されました。
アルティメット(Ultimate)とは「究極の」という意味です。
(実はブラジルでは以前から「Vale tudo(バーリトゥード=全て有効)」と言われるノールールの試合が行われていましたが、他国では知られていませんでした。)
「眼球への攻撃、金的への攻撃、噛みつき」以外は何をしてもOK、判定・時間制限無しという、まさに究極のノールールだったのです。(※第2回、第3回大会においては、金的さえもOKでした。)
素手で殴ってもよし、倒れている相手に攻撃を加えることもできます。
一方が倒れた場合、カウントを数えたり数えたり立つまで待ったりすることはありません。
レフェリーストップもなく、決着方法はギブアップとセコンドのタオル投入のみであり、武器無し、一対一で戦う場合の最大公約数と言える明快なルールでした。
エントリーしたのは競技別にみると、ボクシング、空手(2人)、プロレス、キックボクシング(2人)、相撲、そしてグレイシー柔術の8名でした。
トーナメント戦を勝ちあがって優勝したのは最軽量であるグレイシー柔術選手のホイス・グレイシー。
3試合とも寝技で1本勝ちで、まさに「柔よく剛を制す」を地で行く見事さでした。

当時は誰もグレイシー柔術という言葉を聞いたことがありませんでしたが、対戦相手に有名なプロレスラーやキックボクサーがいたこともあり、その結果は格闘技界で非常な注目を集めました。
ルールが無い中での完全勝利だったため、負けた選手には言い訳をする余地はなく、グレイシー柔術は世界最強の格闘技の称号を手にしたのです。
「どの格闘技が一番強いのか?」という問題に答えが出た瞬間でした。
優勝後のインタビューでホイス・グレイシーが発した言葉は世界に衝撃を与えました。
「相手の攻撃は20手先まで読める」 「柔術は弱い者のためにある」 「柔術は相手を傷付けず、自分も傷付かず勝つ」 |
以下に、この3つの言葉を解説します。
明快だった柔術家の言葉
語録1:「相手の攻撃は20手先まで読める」
20という数字はともかく、柔術には相手の動きに対して自分がどう動くかというセオリーが数え切れないほどあります。
どの格闘技にも相手の攻撃に対するセオリーはありますが、グレイシー柔術が他の格闘技と違うところは、他競技との戦いを想定している点でした。
ボクシングにしても柔道にしても空手にしてもそれぞれの競技内で戦うことを目的に練習しています。
ですからボクシングでは寝技はやらず、柔道ではパンチやキックについて学ぶことは通常ありません。
しかしグレイシー柔術は護身術でもあるので、他競技のと戦いを想定してました。
対戦相手が次にどのような攻撃をしてくるかを読めたのは当然のことだったのです。
ちなみにこの発言は当時の格闘技雑誌に掲載された記憶があるのですが、ググっても見つけることができませんでした。
誰か記憶している方はいらっしゃいますでしょうか?
語録2:「柔術は弱い者のためにある」
第1回UFCの優勝者ホイス・グレイシーは身長は185cmあったものの、体重はわずか80kgでした。
対戦相手は100kgくらいあり、体格の差は一目瞭然です。
現在ほとんどの格闘技では体重制を採用しています。
理由は体重の軽いものが不利であり、体重差がある戦いは危険だからです。
ところがひ弱そうに見えたホイス・グレイシーが、筋骨隆々のプロレスラーや著名な空手家に楽勝したことは、世界に衝撃を与えました。
(注:柔術の試合には無差別級の試合もありますが、通常は体重別で行われます。)
語録3:「相手を傷付けず、自分も傷付かず勝つ」
柔術の評価を最も高めたのはこの部分でした。
もしホイス・グレイシーが凄惨な結果で勝ち上がっていたとしたら、その後柔術がここまで広まることはなかったでしょう。
UFC第1回大会では、倒れている相手の顔面を蹴る、失神している相手に馬乗りになって殴るなど凄惨な試合が見られました。
しかしホイス・グレイシーの勝ち方は他の試合とは全く違っていました。
3試合でいずれも対戦相手を傷つけることなくギブアップを奪い、ホイス・グレイシー自身も無傷だったのです。
柔術や柔道には「活殺自在」という考え方があります。
例えば絞め技で相手がまいったしたあとにも絞め続ければ相手の命を奪うことができます。
関節技で直接命を奪うことはできませんが、関節を破壊し完全に戦闘能力を奪うことは可能です。
しかし、多くの場合そうはしません。
活殺自在とは相手を傷つけることもできるが、そうしなくても勝つことができるということです。
グレイシー柔術の寝技は人間らしい技術だったのです。
グレイシー柔術は、明治時代に日本人の前田光世がブラジルで伝えた柔道が元となっています。
戦前の柔道は現在のものよりも遥かに寝技の比重が大きかったのですが、柔道界の政治的な理由などにより現在の投げ技主体の競技になり現在に至っています。
(詳細は「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」に詳しく書かれています。)
日本柔道ではあまり省みられなくなっていた柔道の寝技ですが、ブラジルでは治安が悪かったこともあり、柔道の護身術的な一面である寝技が温存され発展していたのです。
その後のグレイシー柔術
しばらくは無敵だったグレイシー柔術でしたが、UFCなどの総合格闘技では次第に勝てなくなってきました。
他の競技が柔術を研究したことが原因でした。
しかし、これは予言されていたことでした。
ホイス・グレイシーはかつてインタビューで、次のような意味のことを話しています。
「柔術が負ける日が来るかもしれない。 しかし柔術を学んだ相手に負けたのであれば、それは柔術の勝利だ。」 |
現在の総合格闘技界において柔術は最強では無くなりましたが、MMA(総合格闘技)の試合において柔術の技術は広く使われています。
グレイシー柔術からブラジリアン柔術へ
グレイシー柔術とブラジリアン柔術の違いが分からない方は多いと思います。
グレイシー柔術が勢力を拡大する過程で、ホイス・グレイシーの兄であるホリオン・グレイシーがグレイシー柔術を商標登録したため、認められた者以外はグレイシー柔術を名乗ることができなくなったというのが実情です。
方向性の違いによる内紛でした。
新たに考えられた名称は「ブラジリアン柔術」でした。
グレイシー柔術とブラジリアン柔術はほぼ同じものということができますが、より競技化されたのがブラジリアン柔術とも言えます。
楽で強くなれる理由
- 打撃や投げ技が少ない
初心者にとって打撃や投げ技は瞬発力や動体視力の必要性が高いため導入のハードルが高いと言えます。
柔術で最も重要なことは知識なので、最低限の体力があれば歳をとってからも続けやすいのです。
そして柔術の関節技や絞め技には打撃や投げ技に劣らない攻撃力があります。 - 力よりもテクニック重視
関節技や絞め技は力があれば決まるものではありません。
正確な技術があれば最小限の力で最大の効果を得ることができるのです。 - 道着がある
手で道着を掴むことによりテクニックのバリエーションは格段に増えます。
自分や相手の道着を利用することにより、効果を維持しながらも体力の消耗を抑えることができます。
柔術練習の内容
道場による違いはあると思いますが、多くの道場では下記の練習プログラムが組まれています。
- 準備運動
柔軟体操や柔術的動きなどにより体をほぐします。 - 技の解説
インストラクターが生徒相手にいくつかの技をかけ見せ、技の入りかたやコツを解説します。 - 技の反復
2人(あるいは3人)1組になり交互に技をかけ合います。
インストラクターが見てまわり、違っているところがあればアドバイスし、正しければ褒めてくれます。 - スパーリング
5分程度に時間を区切った試合形式の練習です。
立った場合から始める場合と座った状態から始める場合があります。
絞め技か関節技が決まった場合は、まいった(手か足で床か相手を2度以上叩くか口で言う)をして、最初から始めます。
面白いのは何といってもスパーリングです。
始めたばかりの頃は何をやっていいのか分からず闇雲に力を使わざるをえませんが、慣れてくると少しずつできることが増え、無駄な力を使わなくなっていきます。
思っていた動きができたり、絞め技・関節技が極まった時は、他では味わえない快感があります。
スパーリングに疲れたら回復するまで休んでいてかまいません。
無理強いとか「しごき」はありません。
そのようなことをする道場からは生徒がいなくなってしまうからです。
柔術のすすめ
怪我が全くないとは言えませんが、打撃がある競技と比べると安全性は高いと言えます。
ストリートファイトをするつもりはありませんし可能な限り回避しようとは思いますが、どうしても戦わなければならない時が来るかもしれません。
万一自分が戦うことになった場合、相手を傷つける可能性は低いです。
もちろん自分が負ける可能性はありますが、負けるよりも良くないのは相手を傷つけることです。
フィジカル的には有酸素運動・筋力増加としての効果が大きいです。
全身運動なので、全身くまなく鍛えられます。
技術の習熟度に応じて、色の違う帯が与えられます。
白帯→青帯→紫帯→茶帯→黒帯の順にランクが上がっていきます。
各帯にも習熟度の段階があり、帯の端にストライプという印が付けられます。
ストライプが4本になると、次は帯昇格です。
自分がどの段階かが一目瞭然なので、モチベーションを保ちやすいシステムだと思います。
ちなみに私の場合は、20年前にもらった青帯(ストライプ3本)です。
(※注:2021年12月紫帯に昇格しました。)
余談ですが、仕事や実生活で交渉・敵対している相手に対し、もし戦えば自分が勝つことができるなどと妄想することは、多少のアドバンテージになります。
何より、やっていて本当に面白いです。
体が許す限り柔術を続けたいと思います。